小畑健 スペシャルインタビュー
【第1回】描くことへの執着と漫画への志

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記念すべき第1回は、小畑健が「リアルに描くこと」を意識し始めた子供時代、そして漫画家への道を決めた率直な理由を語る。
どこのクラスにもいる絵の得意な少年…と思いきや、既にそこには子供らしからぬストイックな姿勢で描くことと向き合う姿があった。

リアルへの執着は幼少期より

――小畑先生が絵を描くようになったのはいつ頃からですか?

小畑 思えば絵に執着するようになったのは、3歳くらいの頃でしょうか。ロボットや怪獣のおもちゃが欲しいのに、そうそう買ってはもらえない。だから代わりに、自分でおもちゃの絵を描いていたんです。本物が欲しいからリアルに描きたくて、そうなると実物と同じようにきちんと左右対称に描きたくて。それを目指して躍起になっていました。

――そんな頃からリアル路線に目覚めていたということですか!?

小畑 はい。しかもそれは普段の生活にも表れていて…。例えば仮面ライダーを真似てマフラーをしていたのですが、結び目の先の2本のあまり部分が、綺麗に同じ長さで揃っていないと気持ち悪かったんです。そして何度も結び直させるから、親は嫌がっていました(笑)。左右対称だったり、整っているのが好きなのはその頃からですね。

――そして学校では、友達に絵を描いていたそうですが?

小畑 小学校1~2年の頃になると、クラスの友達に頼まれて漫画やアニメのキャラを描いていました。『CYBORGじいちゃんG』の元になるものを学級新聞に描いたりして。授業中はずっと教科書の余白やノートに、パラパラ漫画や記憶にある映画のシーンとかを描くような子供でした。

――漫画家を目指したきっかけはありますか?

小畑 明確なきっかけというよりも、絵で食べていきたいという意識がずっとあって、それが積み上がって中学2年生で「漫画家を目指そう」となったんだと思います。自分が会社に勤めるイメージがなかなか沸かなかったというのもあって。それに当時、友達などから絵やプラモデル作りを頼まれていたので、自分一人なら食べていけるのでは…と、浅はかですが会社で働くより漫画家になるイメージの方があったんです。

――絵だけでなくプラモデル作りまで?

小畑 はい。組み立てから塗装まで。特に塗装はアニメ通りの塗りにしたり、汚しを入れてリアルにしたり、友達の好みに合わせていました。自分の好みでは「汚しは控えめの方がいいよなぁ」と思いつつも、相手の希望通りに派手な汚しを入れたりしていましたね。

――漫画家を目指してから意識していたことはありますか?

小畑 毎日、きちんとした絵を1枚は仕上げようと決めていました。水墨画、白と黒だけの鉛筆画…とか、自分に課題を出したりして。高校の頃は野球部でヘトヘトになって帰ってくるのですが、頑張って必ず1日1枚は描いていましたね。描き始めると入り込んで、集中している時の陶酔感が気持ちよかった。「いいぞいいぞ! どんどん描けるぞ!」とゾーンに入ったりして(笑)。

――その後、絵画教室に通うなど、いわゆる芸術としての絵画に興味を持たれたりしましたか?

小畑 高校の美術の授業が好きだったので、ちゃんとした絵画も勉強してみたいという気持ちもありました。教科書に載っているような絵画にも好きな絵はありましたが、「美術の勉強と漫画は直接関係はないかな」と考えていたように思います。

――イラストレーターや美術の世界ではなく漫画家を選んだのは、やはり子供の頃からキャラクターの絵を描いてきたからですか?

小畑 そもそも絵に関わる仕事って、当時は漫画家しか思いつかなかったんです(笑)。絵の基礎も知らなかったから、イラストや美術はきっと自分には難しいだろうと思っていました。