小畑健 スペシャルインタビュー
【第2回】連載デビュー、そして研鑚の先の開花

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幼少期より整った描写に執着し、学生時代に研鑚を重ね、小畑はアシスタントとして「描くこと」で身を立てつつあった。そしてついに連載デビューを果たす!
駆け出しの頃から近年まで、小畑の作品と心境はどのように変わっていくのか…。過去の連載作品を振り返るインタビュー第2回!!

多様なジャンルを経験する作家初期

――小畑先生の連載デビュー作は、1989年より「週刊少年ジャンプ」で連載された『CYBORGじいちゃんG』でした。

小畑 メカと老人のギャップのデザインを描きたかったのと、「こんなの毎週描けるわけがない!」という絵が連載されていたら、それだけで面白いんじゃないかと思ったんです。メカをもっと剥き出しにしたり、いっそスケルトンのボディにしたかったのですが…さすがに無理でした(笑)。ただそれよりも毎週話を作るのが大変で、「自分一人で週刊連載は無理じゃないか」と思いました。

――『Gちゃん』のカラー原稿は、ボディのメタリック感と頭の肌っぽさのミスマッチが面白いです。画材は現在主に使われているコピックとは違いますね。

小畑 コミックスのカバーなどはリキテックスで塗っています。当時、新宿の紀伊国屋で空山基画集のコーナーがあって、そこで執筆風景のビデオが流れていたんですよ。それをずーっと見て覚えて、描き方を真似ていました。

――『Gちゃん』以降も様々な連載に挑戦されましたね。

小畑 元々レイ・ハリーハウゼンのシンドバッド映画が好きで、王道を描くなら雰囲気が出せるファンタジーがいいと思い『魔神冒険譚ランプ・ランプ』を始めました。ファンタジーの空気は自由で好きなのですが、あまりに自由すぎて自分の中に基準が作れず、苦戦した覚えがあります。

――ファンタジーの次は、和風ミステリという新たなジャンルにも挑戦されました。

小畑 次の連載作『人形草紙あやつり左近』は気に入っている作品です。でもその頃「自分の絵は個性がない」とコンプレックスを感じていたんです。それで他のジャンプ作品に負けないアクの強さを出そうとして、絵に無理やり癖をつけたり、他からの影響もたくさん受けました。今思うともったいなかったです。

――小畑先生は、どんなコンプレックスを感じていたのですか?

小畑 他の漫画家さんは、ひと目見ただけで「○○先生の絵だ!」と分かるような、自分自身の絵柄を生み出していますよね。でも自分にはできていない。「漫画家たるもの、自分の絵を生み出すべき」と思っているので、負い目を感じてしまうんです。それはおそらく小さい頃から蓄積されてきたもので、例えば小学生の頃にクラスで絵を描くと、絶対、自分より上手い人がいるんですよ。並べてみても「確かに向こうの方が賞を獲るだろうな」と感じるんです。自分の絵は小綺麗だけれど、何を描きたいのか分からない。実際、自分は子供らしい元気な絵、勢いのある絵が好きではなかった。きちんと左右対称になっていないといけないとか、変なこだわりがあって。

――それは幼少期、おもちゃが欲しくて絵を描き始めた頃からのこだわりですね。(※第1回参照)

小畑 そうです。そのせいか整っている絵が好きで、そのこだわりで描くと絵がおとなしくなってしまう…それがずっと続いてきたんです。だから派手で自由な絵のジャンプには向かないと、自分でもずっと思っていました。

――そういった時期を経て1998年、代表作のひとつといえる『ヒカルの碁』を描かれることになりました。

小畑 『ヒカルの碁』は特別というか…自分を救ってくれた作品です。初めてのコマ割りをしたネームでの原作だったのですが、ほった先生のネームがあまりにもしっかりしていて、「面白いネームとはこういうものか」と、ひれ伏しました。自分はアシスタント気質だと思うんですが、『ヒカルの碁』で「原作をアシストする位置」に収まると、自分をようやくコントロールできたんです。それまでは自分の描きたいものに振り回されていたところがあったので。アシスタントをしていた頃の「先生の絵に合わせて描く」という仕事が自分の性に合っていて、アシスタントが自分の天職と感じていました。その時に立ち返った思いでした。

――囲碁があそこまで漫画として面白くなるとは驚きでした!

小畑 囲碁はバトルやスポーツに比べて、ジャンプ作品としては地味な題材だと思いますが、地に足がついた漫画で、強烈な個性があるわけではない自分の絵と相性がよかったのではないでしょうか。碁盤の線は真っすぐで、石は形が揃っていて同じ方向から光が当たって…。そういった整ったところもよかった。『ヒカルの碁』で人気を得られて、ようやく自分の絵でも手応えが感じられたんです。コンプレックスだった地味な絵も「原作とマッチすればやっていける」「無理に味をつけなくてもいい」と分かってきたんです。

――それが大きな確信となってきたんですね。

小畑 連載の後半にいくにつれて、どんどん思うように描けてきて、自分の絵柄をナチュラルに出せるようになっていきました。「この絵の延長で、もっともっと進んでいきたい!」と考えるようになったんです。